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高橋健二選手、太田雅之選手の引退が発表された。
新規入団した選手が、山形というチームの印象を聞かれて必ず答えるフレーズがある。
「まじめにサッカーに取り組んでいる」
これはもちろんクラブとしての伝統といえるが、それを築き、守ってきたのはほかならぬ健二であり太田だったと思っている。
二人ともJFL時代からの生え抜きであり、主力として長きにわたってチームを牽引してきた。現在のモンテディオ山形のベースを築き上げたのは間違いなく彼らといえる。
健二は、控えめな選手だった。他人を生かすことに長け、健二と組む選手はみな生き生きして見えた。自分のチャンスなのに、他に譲ってしまうシーンを何度も目のあたりにした。そのたびにもどかしさも募るのだが、他へ気配りをし過ぎて自分のことは常に後回しにしてしまうその人間性は、もどかしさをも上回る大きな魅力だった。
太田は、生真面目な選手だった。愚直なまでにサイドラインを何度も往復して、突破を試み、成功しなければ全力でまたDFポジションまで駆け戻っていた。自らの失敗を決してごまかそうとせず、正面から引き受けていた姿は彼の人間としての気高さを感じさせた。
明治の精神は明治天皇の死によって終わった、と夏目漱石は作中の人物に語らせる(『こころ』)。ここでは時代の象徴的存在の死と時代の変化とが結び付けられている。
健二と太田という一時代を築いた選手の引退は、山形にとってどのような変化をもたらすのか。
健二・太田の引退でモンテディオ山形はいやおうなく新しい局面に入らざるをえないことは確かである。
ここにひとつの時代が終わったと言える。
ただ悲観ばかりすることはない。
これは新しい時代の幕開けだから。
新規入団した選手が、山形というチームの印象を聞かれて必ず答えるフレーズがある。
「まじめにサッカーに取り組んでいる」
これはもちろんクラブとしての伝統といえるが、それを築き、守ってきたのはほかならぬ健二であり太田だったと思っている。
二人ともJFL時代からの生え抜きであり、主力として長きにわたってチームを牽引してきた。現在のモンテディオ山形のベースを築き上げたのは間違いなく彼らといえる。
健二は、控えめな選手だった。他人を生かすことに長け、健二と組む選手はみな生き生きして見えた。自分のチャンスなのに、他に譲ってしまうシーンを何度も目のあたりにした。そのたびにもどかしさも募るのだが、他へ気配りをし過ぎて自分のことは常に後回しにしてしまうその人間性は、もどかしさをも上回る大きな魅力だった。
太田は、生真面目な選手だった。愚直なまでにサイドラインを何度も往復して、突破を試み、成功しなければ全力でまたDFポジションまで駆け戻っていた。自らの失敗を決してごまかそうとせず、正面から引き受けていた姿は彼の人間としての気高さを感じさせた。
明治の精神は明治天皇の死によって終わった、と夏目漱石は作中の人物に語らせる(『こころ』)。ここでは時代の象徴的存在の死と時代の変化とが結び付けられている。
健二と太田という一時代を築いた選手の引退は、山形にとってどのような変化をもたらすのか。
健二・太田の引退でモンテディオ山形はいやおうなく新しい局面に入らざるをえないことは確かである。
ここにひとつの時代が終わったと言える。
ただ悲観ばかりすることはない。
これは新しい時代の幕開けだから。