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樽<taru>

Author:樽<taru>


住処:仙台市岡の上
産地:山形県置賜地方最北山裾
タイトル:HONDAインテグラのCF
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ボスニア・ヘルツェゴビナ史概観
 先日サッカー日本代表とボスニア・ヘルツェゴビナ代表との親善試合が行われました。この試合は、6月に控えたサッカーワールドカップ本戦を見据えた、仮想クロアチア戦と位置付けられました。ボスニア・ヘルツェゴビナとクロアチアとは隣国であり、体格的にもほとんど変らないので、その体格や当たりの強さ、テクニックなどを体感する機会となるからです。
 最近ではあまり聞かなくなったこの国ですが、せっかくの機会ですからその歴史について概観してみます。
 ボスニア・ヘルツェゴビナもクロアチアも15年ほど前には同じユーゴスラビアという連邦国家の一員でした。
 ユーゴスラビアというのは「南スラブ人の国」という意味です。現在では、細かくは20以上の民族が存在するものの、大きくは「南スラブ系」とくくることができるようです。
 地理的にはヨーロッパの東端、アジアへの窓口に位置します。そのため、古今様々な勢力がこの地を巡って争いました。欧州の火薬庫といわれるゆえんです。西からはカトリックが勢力を東へ広げようとします。南にはギリシャ正教会があり、東にはイスラムを信奉するトルコがヨーロッパを狙っていました。
 そして現在でも半島の西側にはカトリック教徒が、南側には正教徒が多いとされています。90年代前半に半島の西側ではスロベニア、クロアチアが、南側ではマケドニア、セルビア・モンテネグロなどが独立しました。そしてこの西の勢力と南の勢力に囲まれた地域がボスニア・ヘルツェゴビナです。
 元来、この地域には、カトリックからも正教会からも異端とされたボゴミール教徒(キリスト教の一派)が数多く居住していました。15世紀にオスマントルコがこの地域を支配すると、彼らは実利的な理由からイスラム教徒に改宗していったといわれます
 すなわちバルカン半島の西にはカトリック、南には正教会、その中間にはイスラムと異なる宗教・宗派が並びたつことになります。
 第二次大戦時ドイツに侵略された際、対独抵抗組織のリーダーであったチトーはこの南スラブ系の諸民族をまとめあげ、ユーゴスラビアが成立します(サッカー協会もユーゴスラビア協会ひとつに統一されます。それゆえ国内各地域の戦術レベルでの類似が推測されます。これが先日のボスニア・ヘルツェゴビナ戦が仮想クロアチア戦となりうる理由の1つめです)。しかし、南スラブ系民族の独立という目的を果たしたのちには、今度は宗教的な対立が待っていました。チトーの死後(1980)、対立は激化していきます。
 その中でボスニア・ヘルツェゴビナは92年に独立を宣言します。人口構成は約44%がイスラム教徒、約30%がセルビア人、約17%がクロアチア人とされます。セルビア、クロアチアの中間に位置するこの地域には、多数の両国人が居住していました。このことが、セルビア、クロアチアが自民族保護のためにとボスニア・ヘルツェゴビナへの軍事介入を行う口実となります。これがボスニア紛争です。紛争は、95年のアメリカとNATOによる軍事介入によって、和平協定が結ばれましたが、この内戦によってセルビア人、クロアチア人、そしてムスリム人がお互い憎しみあい、殺し合いました。
 ここでいうムスリム人とはボスニア・ヘルツェゴビナの最大勢力のイスラム教徒のことです(ムスリムとはイスラム教徒のこと)。彼らとクロアチア人、セルビア人とは同じ南スラブ系です。3者は身体的にも言語的にもほとんど相違はない、と言われています(これが先日のボスニア・ヘルツェゴビナ戦が仮想クロアチア戦となりうる理由の2つめです)。ですがこの「ムスリム人」は自らのアイデンティティをイスラム教徒であることに求めたのです。
 一体民族を決定づけるのは何なのでしょうか。言語なのか、身体的特徴なのか、文化なのか。いろいろ思いつく要素はありますが、明確な概念はいまだありません。
 民族とは何か。
 答えは出そうにありませんが、さまざまなことを考えさせられます。

地図

  <墺>
 伊 <スロベニア>
    <クロアチア>
  太  <ボスニア><セ ル
       <モンテネグロ> ビ ア>
    利    <アルバニア><マケドニア>
            <ギリシア>
      亜

 参考資料
 浅井信雄『民族世界地図』(新潮社、1993年)
 石川純一『宗教世界地図』(新潮社、1993年)
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今日の一ネタ(原稿) | 【2006-03-01(Wed) 21:58:54】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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