カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
リンク
月別アーカイブ
ブログ内検索
Data
プロフィール

樽<taru>

Author:樽<taru>


住処:仙台市岡の上
産地:山形県置賜地方最北山裾
タイトル:HONDAインテグラのCF
キャッチコピーからパクリ借用。

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | 【--------(--) --:--:--】 | Trackback(-) | Comments(-)
信念を変えないこと・変えること
 先日、社会民主党(社民党)が自衛隊を「違憲状態」とする発表を行いました。これは、同党の従来の見解とは180度方向を変えたものです。
 そもそも社民党の前身である日本社会党は、1990年代まで長らく野党として、徹底した反自民政策を掲げ、日本国憲法第9条の解釈に関しても、反戦の立場から自衛隊の存在はありえないとの立場を示してきました。
 ところが、1993年に自民党政権が倒れ、日本新党を中心とする連立与党に社会党も参加します。この連立政権はほどなく内部分裂するのですが、社会党だけは別のパートナーを見つけ、政権与党でありつづけました。そのパートナーは、長い間社会党が徹底的にその政策を批判しつづけた自民党でした。
 自民党と社会党との連立政権では、総理大臣は社会党の委員長・村山富一氏と決まります。この政権のもとで、村山首相は先の第二次世界大戦までの日本のアジア諸国に対する謝罪を行うなど、外交面では評価できる面があります。これは、社会党の首相だからできたともいえます。
 ですが、社会党の党首が首相になったがゆえの問題も生じます。その時点ですでに自衛隊は存在し、その最高指揮監督権は内閣総理大臣である村山富一氏のもとにあったのです。
 そこで社会党内で問題になったのが、自衛隊をどう位置付けるか、です。
 それまで社会党では、憲法9条は不戦をうたったものであって自衛隊は存在し得ない、との立場をとってきました。ところが現実に政権をとって、自衛隊をどう扱うのか、この点において非常に苦しい選択を迫られることになりました。
 社会党は自衛隊を、認めるのか認めないのか。
 現実的にはすでに自衛隊を廃止することはできません。自衛隊を否定することは、現実的に自衛のための武力を手放すことになります。これは現実の世界情勢では不可能です。
 とすれば、社会党は自衛隊を正式に認めざるを得ません。ここにおいて社会党はそれまでの方針を転換して、自衛隊を合憲と認めるに至ります。
 これは、社会党の存続意義そのものを大いに揺るがす改変でした。政権の座にずっと居座ることができれば、それでもよかったのかもしれません。
 ところが、自民党と社会党は本来相反する政策を掲げていた二党です。この二党が連立を組めば、同一化するか離反するかしかありえません。社会党は妥協をかさね自民党にすりよることで、政権を維持しようとしました。ですが次第に自民党にとって、社会党の存在は小さくなりつつありました。
 社会党はそれまで憲法改変反対・護憲・反戦の立場を守り、人々に支持されてきた政党です。その看板を失った社会党は、やがて議席を回復していった自民党に追われるようにして政権を離脱します。その後も、もはや政権を担当せず、まして従来の見解を180度転回した社会党を支持する人々は少数となりました。選挙では毎回苦戦が続き、現在ではわずか7議席にとどまっています。この間、党名を社会民主党(社民党)と変え、委員長に若手を抜擢しますが、勢いはもう戻りませんでした。
 社会党は、政権を担うために自らの信念を放棄しました。このことは反対からみれば、信念を放棄したゆえに政権を担うことができたともいえます。信念を曲げたこと自体は政権の座にあったときはそれでよかったのかもしれません。政党にとって、政権を担い国政を動かすことは大きな目的のひとつであるからです。
 仮に信念を曲げない、という選択をしたらどうなっていたでしょうか?おそらく政権を担う機会はなかったでしょうが、これほど議席を失うこともまたなかったのではないでしょうか。
 社会党にとって、あのとき自らの信念をまげて与党となり、短期間でも政権を担えたことがよかったのか、信念を貫いて野党となるべきだったのか、どちらがよいのかわかりません。
 
 自分の意見をもつこと。これが大事だと言われます。
 しかし、これが多くの人々に受け入れられず、認められないこともあります。
 
 時には自分の意見を曲げること。これが生きていく上で必要だとも言われます。
 しかし、自分の意見を曲げたことで、大きく信用・信頼を損ねてしまうこともあります。
 
 何が大事か、何を優先するかは最終的には個人に委ねられます。
 その場面に立ち会ったとき、どの選択をするのが一番よいのか、慎重に見極める必要があります。
 そのことを社民党のここ10数年のあゆみは教えてくれます。
スポンサーサイト


今日の一ネタ(原稿) | 【2006-02-14(Tue) 17:28:43】 | Trackback:(0) | Comments:(3)
コメント
|゜Д゜)))コソーリ
初コメントさせてもらいます。
2/14の記事ですが、社民党党大会での違憲状 態宣言はニュースでも見ました。
しかしこ れを見た限りでは、社民党が旧社会党(村山政権時代)からの転向
ということになりますが、どうしても以下の点が気になります。
1.政権与党としての立場上の転向であった村 山内閣当時の自衛隊合憲論を否定的立場に たったこと(政党としての歴史に歴史に断 絶を生むこと)についてどのように考えて いるか(あるいは、位置付けるか)
2. もし過去についての自衛隊合憲論の誤謬 を誤ったものとし清算するつもりなら、自 衛隊合憲論に立った旧社会党党員(特に首 脳部)を除名するべきである (但し、自衛 隊合憲に異を唱え た当時の党員の名誉は 回復された)にもかかわらず、実質的な処 分が無いのは、身内隠匿のための故意な  のか、転向を宣言したのに気がついてない のかはわかりませんが。
3.もし社民党が(護憲という意味で)転向して いないとするならば、旧社会党時代に回帰 するのか(原点回帰を謳っていましたが現 実的ではありません)、あるいは、それ以 外の路線にかわるのかがわかりません。
 以上3つの理由で私見ですがかれらが転向したとは思えません。というより彼ら自身 が転向の意味をわかってないのではないでしょうか。なにせ、これも私見ですが、自分たちの政党の歴史に対して清算ができていない(なのに一方では彼らは歴史認識や、歴史の清算を声高に叫びます)政党が己の未来について眺望できるとは思えません。
 こう見ると、よく社民党(に限りませんが)が他人(日本政府など)に過去の歴史
の清算というときの意味と、己に向けて言うときの意味を摩り替えるのは、政党
としていかがなものでしょうか?という思いが過ぎるのは、単なるしっぺ返し、あるいはざまあみろ的反動なのでしょうか?
 ともあれ社民党には、信念を枉げる、枉げない以前に自分たちの政党の歴史について総括してもらいたいと思います。
以上右翼っぽいひとのコメントですた。
|Д´)ノ 》 ジャ、マタ
2006-02-18 土 11:46:06 | URL | 唯♪ #- [ 編集]

 社民党は一貫性のなさを指摘されると苦しいですよね。ただ、それが「転向」であるかといえばどうか。「転向」は思想的・イデオロギー的な立場の放棄を意味しますので(社会主義の放棄など)、今回の違憲状態宣言はあくまで「転換」かと思われます。また、この社民党の立場の変化については、毎日新聞の社説ttp://www.mainichi-msn.co.jp/eye/shasetsu/news/20060214k0000m070154000c.htmlがすっきりとまとめています。間違いは間違いと認めたこと自体は、評価しなくてはならないと思います。それは清算とは言わないかもしれませんが、反省しないことや、ましてや何もなかったかのようにふるまうよりは潔いと思ってます。
 右翼っぽい(自称)ものの考え方には慣れていないので、ほー、と思いながら拝読しました。また折をみて吹っかけてみてください。
2006-02-18 土 22:07:04 | URL | 樽 #O9L/7pC. [ 編集]
転向≠転換。この2つを混同してましたorz
自分のとっ散らかった文章を改めて要約(ぶっちゃけて)していえば、単に節操の無さについての感情的な批判に終始していましたねorz我ながら青臭い文章過ぎる罠orz
|出口|   λ....  カオアラッテデナオシマス
2006-02-19 日 01:22:24 | URL | 唯♪ #aZBqccdo [ 編集]
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。